最後から二番目の思想

それは終わりから二番目のような、儚く醜い独り言

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辛いものチャレンジ

恐らく私は辛いものが苦手な部類に入る。

いや、間違いないだろう。


以前、ハバネロのスナックを食べたとき

これは間違いなく人間の食べ物ではないと、私にスナックを食わせた人間を罵ったほどである。



あれは味覚細胞が死んでしまうから辛さを感じなくなるのだと

誰かが言っていたような気がしてからというもの

グルメを語る人間が辛いものチキンレースをしてるような光景が

どうにも私には理解ができないでいた。



とはいえ、付き合い程度に辛いものを食べれないというのもまた

社会人のルールから外れてしまいかねない。

どうやら日本では、空気を読むためには自傷行為さえも厭わない精神が必要らしい。


そろそろ私も会社の犬に成り果てる下準備として

舌の細胞をいくらか間引いておくこととしましょう。


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LEE辛さ20倍!

辛いものといえばコレをよく見かけますよね。

以前、闇(鍋)のデュエルなる動画を見たことがあって

こんなものを入れていたような気がしなくもありません。


彼はLEEに加え、常軌を逸した量のトウガラシを投入していたような気がします。

まぁ、それなら大丈夫でしょう。


万が一ということもありますので

飲むヨーグルトと牛乳とお茶は用意してあります。


電子レンジにかけ、いざ、勝負。


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参りました。

もう勘弁してつかァさい。



喉元過ぎれば熱さ忘れる。

飲み込んでしまえばもう大丈夫。

苦しいのは戦ってるときだけよ、何事もね。



って言ったやつ誰じゃああああああああああああああああああああああああああああ

ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアウッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああ亜ああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアオンギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアホギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアオンギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアモッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ











あの戦いから、はや五日。

癒えきれぬ傷を負いながらも、新たなるゼミ発表原稿と戦うこぶたの姿が

虫たちの楽園と化したアパートの中心にあった。

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ぶらり散策の豚

私は散歩が好きだ。

たまにしかできないからこそ、散歩が好きだ。


私は、ピアノのレッスン時間が遅れた日などには

割と入り組んでいる大学の周辺を歩いてみたりする。


その日はまだ、平日の昼過ぎ頃だというのに

どこから出てきたのか、制服の高校生や、ランニングしてる中学生などをよく見かけた。


それにしても、ここまで町並みが違うと、まるで別の県にでも迷い込んだようだ。


赤瓦の家々、南国的な木々、沖縄が頭に付く有名な飲料メーカーの自販機

どれをとっても、異国の匂いを感じずには居られなかった。


日によって開店時間がまちまちな商店や、

物を売る気がいささかも感じられない洋服店。

これらもまた、せわしない内地と沖縄の違いを私に教えてくれる。



そういえば、沖縄ではランニング以外の格好で走っている人をあまり見かけない

腕時計をしている人もいささか少ないように感じられる。

そういう私自身さえ、腕時計を外して生きているくらいだ。




はて、どれくらい歩いたろうか。

携帯電話は、散策を始めてからまだ、20分弱あたりを指していた。


参ったな。

まだまだ時間がある。教室に向かうのはまだ早すぎる。

しかし、乾きに乾いた喉はもう限界を訴えていた。



私は、突然家に押しかけてきて一緒に住むことになった非常に愛らしい手のひら大の妖精に

公園でクレープをねだられ、しぶしぶ財布を取り出した主人公のような手つきで

沖縄バヤリースと書かれた自販機に110円を投入した。



美味しくないんだよな、これが。


ドクターペッパーやマウンテンデューが広く飲まれている地だけあって

飲み物は、かなりいいかげんな味付けである。

まぁ、アメリカンテイストと片付けてしまえばそれまでなのだが。


私は目的地に向かって歩き始めた。

取り敢えず日陰まで退避しよう。話はそれからだ。


すると目の前に、二台の不思議な箱が自販機の隣に並んでいた。



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私はすぐにそれらが、昔のゲーム筐体であることに気付いた。

前々から、こういう昔の筐体で遊んでみたいと思っていただけあって、

このような邂逅を前にして、いてもたっても居られなくなった。


ランニング中の女子中学生らの目も気にせず

携帯を取り出して写真を撮ってみたりなどしていた。


流石に二十歳過ぎた大学生が

一人で中学の通学路でゲームに興じているのは、流石にはばかられると

脳内の三人のこぶた(MAGI)が満場一致で否決宣告を下したため

私はしぶしぶ、その場を後にした。


そして歩きながら思った。




「あれ、まだ動くのかなぁ。」




年季の入った外装に、軽く傷の入ったディスプレイ

彼らがまだ、若かった時代。


彼らの前で、幾人もの子供たちが、

ファミコンよりドットの荒いゲームに熱を上げていたかと考えると


彼らがもう既に、たとえこと切れていたとしても

私は満面の笑みで、彼らを送り出してやれるだろう。






現代を生きるゲーム機々達は、口を揃えていう、

我々の命は、あまりにも短いと。


ゲームセンターでは、古い筐体は次々に破棄され。

家庭では、投げられ、壊され、はたまた運よく生きながらえたとしたも

中古屋のディスプレイの中で、物憂げに埃を貯えて沈黙している。


現代を生きる彼ら、現代まで生き延びてしまった彼らは

魚の稚魚のように、その殆どが途中で死んでしまうような悲惨な運命を辿っているのだろう。


達観にも似た、諦めの表情を隠すこともしようとしない彼らは誰も、

私に幸せそうな顔を見せちゃくれないのである。



私は、地面にこびりついていた視線を引き剥がし、全く見覚えのない電柱に目をやる。


ここは、どこ、今、何時。


私は吹き出る汗も構わず、集中線でも描き足されんばかりの姿勢で走り始めた。


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スライムの中のモノ

巷で話題のスライム飲料

買ってみました300円


ちょっと高すぎるんじゃないかと思いながらも

ついつい買ってしまうのは私の持病でございます。



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味は本当によくわからない。


中身が透明ということもあって

人間はよくもまぁここまで科学を発展させてきたものだなぁと感じる一方で

こんなよくわからないものを作ってみようという気になるものだなぁ

とも感じさせられた。



この他に、赤いスライムのも飲んでみたのだが

水を入れすぎた、ねるねるねーるね系のお菓子のような味がして

少し切ない気持ちになった。



ふと、昔食べたサイダー味の水飴の瓶に水を入れて回した後の

ちょっと甘いネバネバとした液体を飲んだ時のことを思い出した。



今日くらいは少し、長風呂に浸かろうと思った。

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駄菓子懐かし夏、暑し

近所の駄菓子屋のオヤジさんが

くじ系の駄菓子を仕入れると言っていたので

先日は駄菓子屋に単独潜入してきました


行くときはだいたい一人ですけどね。



店に入ると中学生と思わしき二人が漫画を読んでいた。


私も学生の頃に、こんな場所があったらよかったのになぁ

と思いながら、駄菓子屋のオヤジさんと談笑を交わしつつ

狭い店内を隈なく見てまわる。


特に目ぼしいものもなかったが

何も買わずに帰るというのも、何となく気がひける。


私は、久々にくじを引くことにした。

まぁ大抵こういうときの私のくじ運というのは

周りが気の毒になってくるほどのものであり

前回のマクロスくじの際には、その能力を遺憾なく発揮したものだった。


毎回ここで引っ張るのもアレなので結論から書くと、当たった。

ホウ。

やるじゃないか俺!

サントリー角瓶を模した入れ物に、

未だに何という名前が付いているのかわからないものが入っている。

色つきで、プチプチとした、私の記憶によると、「サワー」が正しいらしい。


これはまぁご丁寧にフタまで付いてからに、どれどれ。

ちょwwwwwwwww

底から中身を取り出す構造なので、別の素材で作られてるフタはフェイクらしい。


久々に不意を突かれてしまった。しかも駄菓子に。


オヤジさんと二人で笑っていると、漫画を読んでいた中学生の手が止まる。


「負けてられねェ!」


おいwwwww張り合うのかよwwwwwwwww


全く面識のない女子中学生達は続けた。


「私の領域はこっち。」

といって、もう一人の中学生はコーラグミを指差した。



この口ぶりから察するに、どうやら彼女らは相当の「くじ狂」らしい。

この二人も「くじ」に取り憑かれた被害者の一人に過ぎないというわけか。



見ず知らずの大学生と張り合うくらいだ

一番くじを買いすぎて、コンビニ店員の間で有名になってしまう程度には

彼女たちの将来は有望であるに違いない。




私は、彼女がくじを引くところを見ることになった。

私はそっと彼女らの闘いを見守る。

というより視線を送りづらい。というより帰りたい。


それでも、すっと彼女の目へと視線を移す私。

す、凄い・・・・・!

何が凄いって、

こ い つ は 本 物 だ 。これは確実に「狩る目」だ。

彼女はぐるぐると箱の中身を回した。

そして一気に引き抜く、速い!テンション高すぎるだろ。

そしてくじを確認する!それにしてもすごい目をしておられる。


そして当たったァーーーーッ!!!


そしてこの顔である。




彼女らはしばし勝利の喜びを分かち合った後、私の方へと歩み寄ってきた。


「あなたのおかげで当たりました!ありがとうございます!!」


と言って、私にチョコのお菓子を差し出した。

どうやらチョコスナックのようである。



予想外の出来事に、私は少し焦ってしまった。

「あ、ありがとう(?)」

と返事をすると、オヤジと中学生に軽く挨拶をして駄菓子屋を後にした。


今のはなんだったんだ・・・・。

これまた不覚にも、少し笑ってしまった。

軽く綻んだ口元に気付き、すぐに表情を元に戻す。


私は歩きながら、先程貰った菓子を口へ放った。

これは一見普通の駄菓子だが、私にはあまり見覚えがないものだった。


こんなのもあったのか・・・・。

駄菓子好きの私としたことが・・・・。


私は舌の上で菓子を転がして遊んだ。

いざ噛んでみると、表面のチョコの甘さとは裏腹に、

中のパフが極端なまでに美味しくなかった。




これはひどい。




まだ一等の景品を眺めている最中であろう彼女の姿が浮かぶと

私はもう一度笑った。


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私と沖縄そばとあれとこれと

皆様は、沖縄そばをご存知でしょうか。


えー知らなーい。

という方は割と見かけますが


知ってるよォ

と答える方のほとんどは

既に沖縄そばが好きだったりします。


かくいう私は、あまり沖縄そばが好きではありませんでした。

どこに行っても同じ味。

どこへ行けども同じ麺。

幼少の頃から、ある程度うどん好きを自負しておりましたので

普通の福岡人に比べれば、

割と色々なうどんを食べてきたのではないかと思っています。


行く店によって、麺の太さやコシ、ダシの異なるうどんは

私を常に楽しませてくれていました。


それに比べると、沖縄そばは、本当に味の偏りがない。


より正確な表現を用いるなら、幅が狭い、とでも言いましょうか。


彼らは、かなり狭い範囲の「沖縄そば」という枠の中で

競う、というよりは、共存に近い形で

沢山の沖縄の方々に受け入れられているのでありました。


そう考えたとき、ふと沖縄そばの凄さが顔を覗かせました

それは、「味の幅が狭い」ということを逆に言えば、

「沖縄そばが好き」な人であれば(おおよそ)どこで食べても「おいしい」ということでした。



おぉ!

私は感動しました。

こんなにも表現の幅の狭い食べ物が

こんなにも多くの方に愛されているという

まぎれもない事実から目を逸らしていた自分に対する悔しさを覚えました。


それからというもの、私はなんとなくご飯に困ったときは

近所の沖縄そば屋に、もちろん沖縄そばを食べに行くのでした。


沖縄そばが好きになった今でも、

割と似通った味だなぁ、美味しいけど。とは感じつつも

だいたい週一くらいのペースで食べています。



かくいう今日も、沖縄そばを食べてきました。



「いつもの」とは言わないものの

いつも頼んでいる軟骨ソーキそばを、メニューに目をくれず注文し

机に置かれた新聞を手に取る。


百歩譲っても、これから飯を食おうという場には相応しくない

何とも気分の悪い見出しを読み流して

これまた何とも沖縄らしい、地域密着の記事へと目をやる。


そこには中学生、高校生の職業体験のことやら

小学生の稲刈り体験の記事と写真が多く見られた。



へぇ、沖縄では芋掘りじゃないのか。

少しだけ、沖縄が羨ましくも思えた。



私は、どんな少年時代を送ってきただろうか。

後悔は無数にあったとしても、
自分自身に恥じない程度の努力だけは怠らなかっただろうか。

そんなことを考えていた。


宣伝やら暑中見舞いの記事が多数並んだ沖縄タイムスのことだ

記事はもうここらで終わりだろう

私は不恰好に両手いっぱいまで広げた記事の端に手をかけた。


すると私の視界には、半袖から伸びた軽く日焼けした肌と

ひとつの大きな見出しだけが取り残されていた。




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ですぅ!

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思い悩むこと、思いを巡らせるということ

あと一回で落とすのか、はたまた既に落としているのか。
今日は授業に確実に出るために、こんな明け方に寝るわけにはいかない。

そこで今回、新たにジャンルを追加することにした。

私はいずれ、(私的に)作曲をすることになるだろう。
そのときのために、私の人生観を文章に起こし、書き溜めていこうと思う。

察しの良い方はお分かりいただけただろうが、
これから一読に値しない私の思想をだらだらと垂れ流すこととする。

何が言いたいかというと、「お嬢さん、お逃げなさい」ということである。
以下は、暇を持て余した天上人のような方々だけが
まるで石でも転がすように、スクロールバーを弾いて頂ければ
もはやそれだけで感謝感激あめあられ、光栄の至りというものでございましょう。




思い悩む。私はこの言葉が嫌いだ。

一言で言えば、

この言葉には、はちきれんばかりの欺瞞が満ち溢れている。


というのも、そもそも「悩む」というものは何なのか。

私が知る限りでの「悩む」とは、

「なぜ」「あのとき」「どうして」「どうしたら」

という、どうしようもない欝用語を並べ立て自問することである。


私は、ここで人間という生物の欠陥に気付かせられる。

なぜ人間は、自分では解決しようも無かった問題についてのあれこれを

「自分」が用意した言葉で、「自分」が答えることによって

物事を少なくとも、良い方向へと導けると信じてやまないのだろうか。


そもそも、「悩む」状態までに追い込まれているということは

非常に悪い状態の精神から生じた疑問を

非常に悪い状態の精神によって回答するということ他ならない。

これは自覚を伴わない自問自答、自作自演、自画自賛の精神、

ここから生み出されるのは茶番劇であると言っても差し支えないかもしれない。



普段の自分自身の思考さえ危うい「ヒト」という脆弱な生物が

「悩む」ということによって物事が快方に向かうなんてことは

「まず」ないと考えてよいのではないだろうか。



それに、人生がうまく進んでいる人間は悩んでいないように見える。

彼らの多くは、「選んで」「決めている」のである。

選ぶと悩む、これらは結果的には「決める」ことに直結する語に相違ないが

ポジティブな要素をもつ「選ぶ」、ネガティブは「悩む」ということから

ここでは「選ぶ」という語を用いている。


皮肉なことに、「悩んで決めた」こと「選んで決めた」こと

この世の殆どの成功は、後者が掴んできたのではないだろうか。

いや、掴んだに違いないのである。



「悩む」という、「ヒト」に宿命付けられた営みを疑うことなく生きること


そんな当たり前を、私は疑ってみる。そして


「悩む」ことは、最初から負の要素を孕んでいることを忘れてはならない。



それでもいい。誰もがそうして生きてきたのだから。

しかし、そうでなくてもいいのではないか。

それは、決して思考を放棄してしまえばいいということではない。


私はただ、「悩む」ことによって結論を見つけずに

「思いを巡らせる」という視点に立って、冷静な頭で考えて欲しい、と。


そして願う。

立ち込める闇のなかで周りが見えずに立ち尽くした自分に気付いたのであれば

周囲が見えている人に呼びかけ、手を牽いてもらえばいい。


盲目が盲目の手を牽きて、ともに穴に落つる。


一人で悩むということは、つまりはこういうこと。
二人で悩むということは、つまりはこういうこと。

周りが見えない自分では、迷いの森の出口へと、一直線に歩くことはできない。
周りが見えない他人にも、あなたの手を正確に牽くことはできない。




助け合うことを放棄すれば、人生はどこまでも困難な航海へと変貌する。

それは、航海が後悔でもあるとすれば、尚更のことである。





かつて無いほどの重苦しい長文、失礼致しました。

誠に勝手ながら、今回のオチはお休みさせて頂きます。


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~ヒマワリ逝去のお知らせ~

皆様、この猛暑の中、いかがお過ごしでしょうか。

沖縄はもうすこぶる暑く

もう三回くらいこんな挨拶からブログを始めているような感覚に陥ります。


沖縄はもうセミが鳴き始め

そろそろ学校への坂がライブ会場のスピーカー前のような

耳がはち切れんばかりの音響設備の元に晒されるわけでございます。


ついこの前は、ヒマワリがもう咲いているとの報告を致しましたが

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ついにヒマワリの短い一生が終わりを迎えました。

花が散り、首が曲がってもなお

その背を維持しようとする根性、見習っていきたいものです。


私もこんな、芯の太い人間になりたいなぁ。






話は変わって、今はコジマ電器

頗る冷房の効いた店内は、まさに砂漠のオアシス






・・・・・・・・・・む!匂う、匂うぞ!!!!




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うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

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うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


あなた好みにカスタマイズしよう。って何事か!

ここコジマ電器だぞ!!


最近はどこの楽器店に行っても延々とけいおん!フェアやってるし






日本、始まったな!




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多忙忙殺、そして逃亡

現実逃避の旅から帰ってきました!

ここんとこなんとなく胃の調子が悪い

うーん。ゆっくり休みたいなぁ。


もっとこう、パッパと作業に取り掛かれる人間になりたい

頑張ってはいるのですが

昔が昔なのでどうにも辛いのです。



私は割と散歩が好きで

特に自転車の旅が好きなのですが

沖縄で購入した愛馬は略奪されてしまったので

仕方なく歩いてみたりするのでした。



最近は暑いので

どうにもこうにもいきません。

いかないのです。

それはもういっそのこと恒温動物をやめたい位の勢いですよ。



あー。それにしても本当に何も無い。

建物?友人?時間?サークル?

ほんとうに何も無い世界。


だから私は沖縄が好きでもあるのですが

それはまた別のお話。



この前もまた

理由もなく遠回りをして家に帰る途中

福岡ではごく普通だったスプレーの落書き


久しぶりに見つけました沖縄で

ハイ!

KC3H0085.jpg

うわぁ・・・・・

日本も来るとこまで来たなぁ・・・・・

スプレーの落書きってのはもっとこう・・・

低俗で品の無いものだったり

時にアーティスティックだったりするからこそ


彼らにはそれなりの面白みがあったというのに・・・・


なんだよAAって・・・・

それほどまでにオタク文化が浸透してきたということでしょうか

初音ミクのオタク文化の流れから

それが一人歩きをして日本から世界へ旅立つ過程を眺めようとする人間としては

これもまた、研究の余地があるのかもしれない。。



最近、先輩によくドライブに連れて行ってもらいます

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よく行くのがすき屋なんですが

これがメガ盛りです。


こりゃ吉野家が負けるのも無理ないなー。

家の近くにもすき屋があればいいのにと思いながら

トマト丸かじりの生活スタイルで

なんとか沖縄の夏を生き抜くこぶたなのでした。

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